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盛岡地方裁判所花巻支部 昭和29年(ワ)83号 判決

主文

被告は原告に対し、

(一)岩手県和賀郡谷内村大字田瀬第十六地割百八十三番田五畝八歩上の別紙目録(1)(2)の建物を収去して、同土地を、

(二)同所百八十四番の一宅地五十八坪上の同目録(3)ないし(6)の建物を収去して、同土地を、

(三)同所百八十五番の二宅地五十九坪上の同目録(7)の建物を収去して、同土地を、

(四)同所百九十五番宅地二畝二十六歩上の同目録(8)(9)の建物を収去して、同土地を、

(五)同所百八十五番の一畑二畝三歩及び同所百九十六番の一宅地五十二坪五合上の同目録(10)(11)の建物を収去して、同土地を

(六)同所百九十七番宅地百二十七坪上の同目録(12)ないし(16)の建物を収去して、同土地を、

(七)同所第十八地割七十二番の一田一反三畝十五歩上の同目録(17)の建物を収去して同土地を、

各明渡すべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、本件土地(主文掲記の(一)ないし(七)の土地……以上単に「(一)の土地」の記載例による)は原告の所有である、即ち建設省(当時内務省)は、昭和十六年北上川水防対策綜合開発の目的で岩手県猿ケ石川田瀬堰堤の建設に着手し、その湛水敷地は六平方粁で同敷地の一部として(二)及び(六)の土地を被告から昭和十八年六月十七日代金千百七十一円五十銭で買受け、その余の(一)(三)ないし(六)の土地は当時訴外内館景治外五名より各買受けその引渡しを受け昭和二十年三月三十日までに所有権移転登記を完了したものである。

そして原被告間の右土地売買当時両者間に被告は右売渡し地上の所有建物九棟を昭和十八年十一月末日までに収去して該土地を原告に引渡すべく、原告は右明渡しを受けた時被告に対し右建物移転料その他雑物件移転料等の補償金として金一万五千二百十六円十銭を支払う旨の契約を結んだのであるが、被告は同年十二月九日土地明渡しの猶予を求め且つ前記補償金の前払を要求して来たので同日右土地を昭和十九年六月十日までに明渡すこととし原告は右補償金全部の支払をしたのである。

二、原告は当時被告以外の百二十六名と右同様目的のため右と同旨の契約を結びその殆んどは義務を履行したが被告は右土地明渡義務を履行しなかつた、そのうち戦争が苛烈となり右堰堤工事は一時中止状態となり被告は右明渡義務不履行のままでいたところ昭和十九年十二月十六日前記九棟の建物は内(六)の土地上の一棟(別紙目録(15))を除き全焼した。

それで被告は原告に無断で昭和二十年四月以降において(一)の土地上に別紙目録(1)(2)の建物を(二)の土地上に同(3)ないし(6)の建物を、(三)の土地上に同(7)の建物を、(四)の土地上に同(8)(9)の建物を、(五)の土地二筆上に(10)(11)の建物を、(六)の土地上に(12)ないし(14)(16)の建物を、(七)の土地上に同(17)の建物を新築したのである。

従つて右の如く被告が建物を所有し本件土地を使用しているのは同土地を不法に占拠するものであるから本訴に及んだ。なお原告はその後前記堰堤工事を再開し、昭和二十九年九月一日湛水開始の見込もたつたので穏便に立退かしめたいとの考慮から、本来は支給すべき筋合ではないが立退料として金百九十七万八千百八十九円を支給する旨被告に申出で同年八月二十二日被告もこれを承諾し直ちに明渡す旨約束したがその後態度を変え明渡しを拒んでいるのである。と述べ、

被告の主張に対し(イ)被告の売渡した(二)(六)の土地上の前記九棟の建物の収去は堰堤工事の進行状況に応じてなす旨承諾を与えたことはない、(ロ)原告は被告が前記九棟の建物中八棟が焼失後本件建物(別紙目録を(15)を除く)を新築した事実は当時これを知らず昭和二十三年以降において知つたのであるが当時の社会事情からまた工事再開見込もたたずにいたので被告の不法占拠の事実を看過していたに過ぎず原告が右被告の土地使用を黙認していたのではない、(八)本件土地を田瀬更生会に賃貸したことはない、(二)現在本件土地上の別紙目録記載の各建物は収去され同土地は水没しているが右収去は盛岡地方裁判所花巻支部昭和二十九年(ヨ)第一二号仮処分命令の執行によりなされたものであつて仮処分命令の執行により債権者に与える満足は本案判決確定までのことで仮定的暫定的状態に過ぎない、これにより被保全権利の消滅を来たすものではないから本案においては仮処分執行の有無に関係なく権利の存否について審理判決すべきものであるから被告の此の点の主張は理由がないと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中本件土地が原告所有であることその中被告の売渡した土地、同地上の建物九棟を収去することとし原告よりその補償金の支払を受けることを約し右土地代金及び補償金を受領したことは原告主張の通りであり、原告主張の如く堰堤工事が中止となり右九棟建物中一棟を除くその他が原告主張日時に焼失したので原告主張の各建物を築造したこと再補償として原告より金百九十七万八千百八十九円支給する旨申出のあつたことは認めるが、原告は右九棟の収去時期につき工事の進行状況に応じて収去する旨承諾していたものである。

原告と被告以外の者百二十六名間に被告に対すると同旨の契約が成立しその殆んどがその契約を履行したかは知らない。

二、被告は左の如き理由により本件土地を不法に占有するものではない。

(1)昭和十八年当時の社会情勢よりすれば建物移転整地の実現は不可能であつたし右建物焼失の同十九年二月十六日当時には右堰堤工事は中止され一方最高度の生産をなし国家総動員の一翼を担うことが要請されていたのであるから右建物焼失の際もそのまま土地を明渡すべきどころか国としては被告の既存耕地又は工場を利用し本件土地を使用しその復興を望んだもので、被告は焼失後本件土地に建物を再建し直ちに製材を開始したものであつて原告は被告の右土地使用を黙認していたのである。

そして原告は昭和二十五年堰堤工事を再開し同二十六年度に被告等堰堤要地居住者に移転補償金を支払う旨発表したが補償額、その支払方法土地明渡時期について被告との間には協議が成立していないのである。

(2)原告は昭和二十二年十一月岩手県和賀郡谷内村大字田瀬更生会長並に同副会長の堰堤敷地内の農地につき賃貸借契約を結び被告は同更生会の会員として同敷地内の農地を耕作してきたものである、ところが農地についての賃貸借契約につき適法な合意解約又は更新拒絶等がないから右農耕のための附帯施設としての建物は当然利用し得るものである。

(3)被告が建物を移転する場合の条件として原告は被告移転箇所を通ずる道路の敷設配電設備をなすこととしたが右条件は昭和二十九年六月頃完成したに過ぎないから移転遅延の責は原告にある。

三、本件建物は本訴提起前の昭和二十九年十月三日収去され本件土地は明渡しており原告経営の堰堤湛水により水没地となつているから原告は所有権に基ずく妨害排除を求めるも現実には右妨害は排除されている。

元来所有権侵害のための妨害排除請求権はその妨害状態が除去されることにより消滅するもので、その除去された原因が義務者の意思によると判決または仮処分命令の執行によると天災地変その他不法行為によるとを問わないのである。

被告のいう本件建物の収去が原告主張の仮処分命令の執行によることは争わないが右述の理由により本件原告の請求権は既に消滅したものである。と述べた。

(立証省略)

理由

本件土地が原告の所有でその中(二)及び(六)の土地は昭和十八年六月十七日被告が代金千百七十一円で売渡したもので同日同地上の被告所有建物九棟を収去して同土地を明渡すこと、原告が右九棟の建物収去に対し移転補償金として金一万五千二百十六円十銭を支払うことの契約が成立し右土地代金及び移転補償金は支払済であること、昭和十九年十二月十六日右九棟の建物が一棟(別紙目録(15)の建物)を残し焼失しその結果被告は本件各土地上に原告主張の建物(別紙目録(15)を除くその余の建物)を夫々新築したもので被告が本件各土地上に原告主張の建物を所有していることは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三号証の二、同第四号証によれば被告が右移転補償金を受領したのは昭和十八年十二月中であることが明らかで、この事実と成立に争のない甲第二十四号証によると被告が前記九棟の建物を収去して(二)(六)の土地を原告に明渡す期日を昭和十九年六月十日と定めたことが認められ被告の立証によつては右認定を覆えし建物収去は堰堤工事の進行状況に従つてなすことの特約があつたとの被告主張は認められない。

被告は事実摘示被告答弁の項二の(1)如く原告は被告の本件土地使用につき黙示的に承諾を与えた旨主張するのでこの点につき見るに、被告所有の前記建物焼失当時は本件堰堤工事が中止されていたことは当事者間に争なく甲第三十四号証の二、同第三十六号証の二によれば被告が本件(二)(六)の土地を売渡した以後戦争が劇しく労力資材等不足のため建物移転は困難な状況にあつたことが窺われまたその頃は国家総動員の一翼を担うべくあらゆる生産の最高度の増強が要請されていたことは顕著なところであるが、右甲第三十四号証の二、同第三十六号証の二、成立に争なき甲第三号証の一、同第十六号証の一ないし六により認められる右工事中止後においても原告が堰堤事業に関する工作物の管理を続けており工事要地として買受けた土地に関する事務処理をしていたこと、また右工事要地から移転を要することになつていた者の四割以上が移転を完了していること等からすれば右認め得る被告の主張事実より直ちに原告が工事中止後(二)(六)の土地をそのまま引継ぎ使用することまたは建物焼失後において右(二)(六)の土地は勿論その他の本件土地を被告に使用させる黙示的意思の表示があつたと解することはできない。

次に事実摘示被告主張の二の(2)(3)の事実について見るに、原告が本件土地を田瀬更生会長並に同副会長に賃貸していたことその他被告が堰堤敷地内において農業を営んでいたことは被告の全立証によるも認められず、また被告の建物収去につきその主張の如き条件のあつたことはこれに副う如き乙第六号証の記載は成立に争のない甲第三十三号証の記載に照し措信できずその他の被告の立証によつてはこれを認め難い。

更に被告は原告主張の如く被告が本件土地を不法に占有していたとしても現に妨害は除去されているのだから原告の本訴妨害排除の請求権は消滅した旨主張するところ本件各土地上の建物が本件の訴提起前に当裁判所昭和二十九年(ヨ)第一二号仮処分命令の執行により収去されたことは当事者間に争がなく右仮処分命令の内容が建物の収去を命じたものであつたことは明らかである、ところでこの種仮処分命令は本案が確定するまでの間被保全権利たる妨害排除請求権の実現遅延により生ずる危険を防止するため申請人に対し仮定的にその履行状態を付与したもので右権利の有無を左右するものではない、従つて右被保全権利を訴訟物とする本案訴訟にあつては右仮処分命令による執行がなされたか否かに関係なく審理判決をするを担当と解するのでこれに反する被告の見解を採用しない。

しからば前記の外に被告の本件土地を前記建物所有により占有していることが正権限に基ずくものであることの主張立証がないのであるからその他の争点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は正当としてこれを容認すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。(昭和三〇年一二月二〇日盛岡地方裁判所花巻支部)

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